メアリー・ブレア展@東京都現代美術館

mamiamamiya2009-08-09

 行ってきましたよメアリー・ブレア展。いやー、最初はあまりにも違うタッチの絵が出てきたので「もしかして私が見たかったような原画は少ないのでは……」と不安になったのですが、違ってました。最初の頃の一見ふつうっぽい絵の中に、最盛期(と言うのにはためらいを感じるけれど、ディズニー仕事で活躍していた頃)のタッチや色遣いの萌芽(わー萌芽なんて。評論家みたいな言葉使っちゃってるわ〜)が見え、それが南米に行ってから一気に、分厚い殻をやぶって実そのものが現れるかのごとく、ものすごい勢いで花開く瞬間が見える、すごい展示でした。


 私はメアリー・ブレアの絵を、いい意味でも悪い意味でも「狂ってる」と思います。素直に「かわいい」とは思う。でもやっぱり狂ってると思う。これは「ヤバい」が褒め言葉であるようなニュアンスとはちょっと違っていて、メアリー・ブレアが実際にどのような精神をもった人で、薬物やアルコールとどの程度関わりを持っていたかはわからないし(晩年の絵のコーナーには、アルコールとの関わりをほのめかす解説がありました)、彼女自身の精神が狂っていたか、病んでいたかということともちょっと違う。ただ、あの絵は尋常じゃないと思う。光りかたが普通じゃない。絵の光りかたが普通じゃなければ、それだけ絵以外のどこかに闇があるんじゃないかと思ってしまう。それだけのことです。


 それは「天才」という言い方でほめてもいいのかもしれないけど、「天才」という言葉じゃしっくりこない。「かわいい」けれど緻密すぎるし、なにか飛び抜けたものがありすぎる。そしてその飛び抜けている方向は、光り輝く素晴らしい楽園のようでいて、この世には決して存在しない場所で、だからこそかわいい絵の背後に絶望感や虚無感が背後にひそんでいるような感じがする。


 今回のメアリー・ブレア展のキャッチコピーは「ウォルトが信じた、ひとりの女性」である。誰が考えたのか知らないけど最悪のコピーだと思う。前回のディズニー展でメアリー・ブレアの絵が展示されたときすでに「当時は女性が働くことがあまり普通ではなかった」ことが説明されていたし、ディズニーに対するメアリー・ブレアの貢献度のわりに、メアリー・ブレアは評価されていなかったんじゃないかと思う。いまはともかく、当時はどうだったか。少なくとも私はディズニーランドで「イッツ・ア・スモール・ワールド」の異様さに気づくまで、だいぶ時間がかかったし、あれを作ったのがメアリー・ブレアだと知ったのは、東京都現代美術館で「ディズニー展」を見たときだった。「不思議の国のアリス」のイメージを描いたのが彼女だということも、そのときに初めて知った。「アリス」に関して言えば、彼女の原画は、完成したディズニーのアニメーションよりもはるかに素晴らしかったと思う。


 あれだけの仕事をし、子供も産んで、家庭を支える。それがどれぐらいきつい「仕事」だったことだろうか。その彼女の境遇に対し、ウォルトは何をしてくれたのか。彼女はニューヨークに住んでから、ディズニーの仕事のためにカリフォルニアまで遠距離通勤していたそうだ。なにが「ウォルトが信じた、ひとりの女性」だよ! ディズニーの作品のうちのいくつか、キャラクターのいくつかは彼女のイマジネーションや色彩感覚なしではあり得ないものだ。夫も、上司も、彼女のこの境遇に配慮しないというのは、信じられない。


 晩年に描かれた彼女の絵は、それまでのような「かわいく輝きすぎている」感じじゃなく、彼女がプライベートに描いたものだから商品にしようという意識がないせいもあるのかもしれないけど、ものすごくむき出しで、ほんとうにぞっとするほど狂っていた。狂っていたんじゃなくて、それだけ吐き出すものが彼女にはあったんだと思う。


 私はあのかわいい絵があるのだから、今度のグッズショップは大変なことになっているだろうと思い、たいそうな出費を覚悟して行ったのだけど、あの「かわいさ」をうまく商品にできているものは意外と少なくてあまりものを買わずに済んだ。あれを「かわいい」と解釈してものを作ると、きっとうまくいかないよ。



※追記/最初のわりと普通っぽい絵から、いきなり覚醒したような極彩色になる南米編、そしてドロドロになってゆく晩年の絵を見ていると、ひとは(子供の頃は別にして)、だんだん自分にかかっている薄布や殻や、閉じ込められている檻を打ち破るようなことをして、年月を経るごとに本来の自分自身の形に近づいていくのではないかと思った。外観と内面が一致してくるというか、中のものと出てくるものがどんどん一体になっていくというか、無駄がなくなっていくような感じがした。晩年の作品はショッキングだが、その変化の過程には、まぎれもない人生が見えて、私は感動したし、絶望ではなく希望が見えた。


Walt Disney's Alice in Wonderland (Walt Disney's Classic Fairytale)

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Walt Disney: Cinderella (Walt Disney's Cinderella)

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