『モテキ』3巻

 先日、超美人でスタイル抜群の友人と『モテキ』の話をしていたところ(なぜスタイル抜群で超美人が『モテキ』を読むのかということも重要なポイントなのでしっかり覚えておいてください)、その友達が「いつかちゃんって、本当はいちばん男に好かれるタイプじゃないですか。なのに自分はモテないとか言っててムカつきますよね!」と言い出して、そそそういえば……と思いました。


 私は『モテキ』3巻はっきり土井亜紀派なんですが、なぜそんなに土井亜紀に来るかというと、彼女の「女だから(土井亜紀の場合「美人だから」も加わる)ってラクに生きていけるわけない」っていうところ、自分なりにやりがいのある仕事を見つけて生きていきたいと思ってるところ、そして「私だって自信ないのよ?」「踏み込むのを怖がらないでよ」っていうところ、などなどなんですよね。土井亜紀は「女」である前に「個人」としての自意識や「社会に認められたい」っていう気持ちを持ってるのに、フジやいつかちゃんには「恋愛強者のモテ女」「美人」としか思われてない。その不幸がもう、ものすごく刺さるんですよ。見た目のみで「違う種類の人間」と判断されている。心がないみたいに思われてる。いっぱい苦しみがあるのに。


 フジの脳内で、土井亜紀は「男を喜ばせる特殊訓練でも積んでんじゃないのか」「今までエロいことさんざんやってきたんだろ」って思われてる。こんなこと、好きな男に思われてたら死にたいですよね、普通。


 土井亜紀はモテるかもしんないけど、からだ目当てで遊びの男が寄ってくることなんて、そんなに嬉しいことじゃないです。セックスしたいときにはありがたいかもしれないけど、めんどくさいことも多い。そんな楽勝人生じゃないと思います。色じかけでいい男とテキトーに結婚して金持ちの妻〜なんてドリームはすでに捨ててる年齢だろうし、そんなこともとから望んでもない。土井亜紀は「貧乏でもいいから自分にちゃんと向き合ってくれる男と一緒にいたい」と思ってるんです。女人生を自分の美人顔を使ってうまく渡り歩いていこうと思ってるわけじゃない。


 土井亜紀は、「女度」ではあきらかに自分のほうがまさっているのに、いつかちゃんのことを対等にライバル視します。これは土井亜紀の自己評価が低いからではなくて、土井亜紀がちゃんと恋愛のことをわかっているからだと私は思います。


 年末に、女友達(前述とは別の人です。この人も美人。とか書いてると林真理子のエッセイみたいだよ〜。近づいてる!?)と男性数人で飲んでたときに「男は本命がいても他の種類の女、違うタイプの女に惹かれたり、そういうのをエロ本やAVに求めたりすることあるよね」って一人が言い出して、まぁ「男は全員そうだ」とは思わないし女もそうだとは思うけど(私も清原和博闇金ウシジマくんとインテリメガネタイプが同時に好きです。ぜんぜんちがう……)男の人のAVの好みの種類が何種類かあったりとか、女の好みの種類がいくつかタイプ別にあったりするのは、いろいろな浮気され経験などによってよく存じ上げているので、そうですね〜とうなづいていたら、女友達が「えー!? 何それ!? 自分と違うタイプの女性に相手の男が欲情したりしてて、それでいいの? 許せるの?」と本気でビックリしてて、私は「ああ、そういうことを考えずに生きてこれる人もいるんだ」と、皮肉でもなんでもなく感動しました。


 昔なにかに書いた気がするんですが、アイスクリームのフレイヴァというのは、たったひとつだけが好きってことはそんなにないですよね。いくつか好きなのがあって、絶対自分の中では定番っていうのもあるけど、そのときの気分で違うのが食べたくなるときもある。その気持ちは、別に人を傷つけようとかそういう悪意のある気持ちじゃない。ただの好奇心だったり、新しいのを試してみたかったり、無邪気なもんです。けど自分が選ばれるフレイヴァの側になると、好きな人には自分だけを選んで欲しいのに、現実はそうではないと、無邪気な欲望に傷つくわけです。


 なんとかして、いろんな味のフレイヴァを演じわけたりできないものかとか、そうすれば浮気はされずに済むんじゃないかとか、昔はほんとうに吐くほど悩みました。もちろん「えー!? 何それ!? 自分と違うタイプの女性に相手の男が欲情したりしてて、それでいいの? 許せるの?」という問いに答えるとすれば「そんなのいやだよ」です。


 そんなのいやだけど、私はそこでいろんなフレイヴァを盗み食いする人を知ってるから、他のが食べたいなーと思いつつも自分を大事にしてくれる人がいれば、そのことを嬉しいとおもう。まじで盗み食いされたら別だけど……(般若化)。あと、自分の持って生まれたフレイヴァ以外のものになろうとしても、もとから別のフレイヴァを天性のものとしてもっている人には絶対にかなわない。コスプレのように違う女を演じようとしても、やっぱりだめなんです。がんばっても敗北感しか待っていません。私はそこは、たぶん、少しあきらめたのだと思います。自分は自分にしかなれない。ほんと単なるコスプレぐらいで満足してくれるなら着たりとかすると思うけどさ。熟女コスプレ……(AVの世界では29ぐらいから熟女枠に入ります)。


 自分は自分にしかなれないっていうのは、「私は私よ」って強い気持ちになれることもあるけど、それがとても悲しいことである場合もあるんです。好きな相手の好きな女、選ぶ女が自分ではない、というときはその最たるものでしょう。自分が自分であることを否定されたように感じるはずです。フジ君がいつかちゃんと現れたときに土井亜紀の視界にうつったものは「お似合いのカップル」だったでしょう。自分よりもいつかちゃんのようなタイプの女のコのほうが、フジ君は一緒にいてほっとするんじゃないか、自分と話してるときよりも、いつかちゃんと一緒にいるフジ君のほうがリラックスしてるなとか、そういうのを見てると、フジ君にはいつかちゃんのほうがいいんじゃないか、と思えてくる。


 いつかちゃんの側もまた「フジ君だって美人が好きなんだ」と打ちのめされるわけですが、いつかちゃんと土井亜紀の感じるショックは、本質的にはおなじです。いつかちゃんは自分が「不美人」だと落ち込んでいますが、男から見ていつかちゃんのようなうぶで恋愛に奥手な女のコがどれだけかわいく見えるかは本人にはまったく見えてない。土井亜紀にはそれが「見えている」んです。「このコは私よりずっとかわいい」「フジ君を惹き付けるものをこのコは持ってる」って。


 それは「女としてどっちが上か」という競争じゃないんです。女として「種類が違う」。「女として」には限らないな、人として。自分は自分でしかないんだから、種類が違うのなんて当たり前なんです。いつかちゃんが「自分はお姫さまにはなれないんだ」と落ち込むのも、それは「違うフレイヴァの女にはなれない苦しみ」だと言ってよい。一見「上がれない苦しみ」や「劣等感」のように見えるけど、いつかちゃんにはいつかちゃんの魅力があって、それは土井亜紀は持ち得ないものなんです。土井亜紀にもその苦しみはある。自分が美人で恋愛慣れしてると思われてるから、オム先生もフジ君も踏み込んでこない。そういう、美人で、恋愛慣れしてると人から思われることの苦しみだって、この世にはある。土井亜紀にだって「自分が違うフレイヴァの女だったらよかったのに」っていう苦しみはあるはずです。


 ただひとつ違うところがあるとすれば、土井亜紀のほうがそのことに自覚的で、自分は自分であるしかないと自分を受け入れてる度合いが、いつかちゃんよりは高く見える。土井亜紀は、恋愛経験がいつかちゃんよりは豊富です。だからこそ身の周りの男たちがみな美人ばかりを選んでつきあうわけではないこと、結婚するわけではないことをよく知ってるはずです。「男はみんな美人が好きだ」と言われるけど、実は男は、みんな、美人が好きなわけではない。好きかもしれないけど、本命に選ぶ相手はそれぞれ違っているんです。土井亜紀は「美人じゃなくてもいいからそのたった一人に選ばれたい」って思ったことが、たぶん何度もあったと思う。


 土井亜紀は、自然に「自分が自分であること」を受け入れられたわけではないし、美人だから受け入れられたわけでもないと思う。それでも自分は誰かを好きになってしまうし、また失敗したりするのは怖いけど(土井亜紀の妄想の中で出てくるフジといつかちゃんのラブラブシーンにその苦悩の一端がよーく現れてると思います)、必死でフジを許して、好きだから受け入れようとする。なのにフジは鎖国状態に……。あいつめ……!


 美人で恋愛強者ということが『モテキ』の中ではヒエラルキーが上みたいな感じで出てきますが、好きな男に「恋愛慣れしてる」と思われて嬉しいですかね。私はぜんぜんまったく嬉しくないですよ。「AVライターって職業聞いただけで経験豊富そうすぎて引くわ〜」ってよく言われますけど……遠回しに「ビッチ」って言われてるのとおなじですよね……恋愛慣れとか以前に終わってますよね。もうお嫁に行けないですよね! 「恋愛強者」って、「恋愛強者とつきあってる自分ってすごい、エラい」みたいな自己承認を恋愛に求めてる人以外には、全然魅力じゃないと思うんですよ。普通は相手が経験豊富だったら、セックスの相手としてはそれを魅力に感じる人もいるかもしれませんが(墨さんのモテはそうですよね)、恋愛の場合は不安でしょう。うまいこと浮気されるかもって思うし、自分なんかで満足できるのかなって思うし、いままでに自分よりもっといい相手とつきあってきたんじゃないか、比べられるんじゃないかって思う。特に相手が自分よりセックスの経験が豊富だと、怖いですよね。私は貧乳にサラシ巻きたくなりますよ……。騎乗位の眺めがヒドイとか思われたら死にたいですよー!(心の叫び)おっぱいがまったく視界をさえぎらない! 綾波よりも胸がない!(くらべるな)でも、そう思うほうもつらいけど、そう思われるほうだってつらいんです。恋愛強者にだって数の中に入れたくないようないやな過去もあるだろうし、なにより今目の前にいる相手のことが誰よりいちばん好きなのに、その相手にそんなこと思われたら悲しいに決まってる。自分の卑屈さが人を傷つけることもあるんです。フジは自己評価の低さ、卑屈さで土井亜紀を傷つけている。ま、そのことがわかって鎖国したんでしょうけど。


 むかし、すごいモテそうな男の人に「なれてるね」と言ったら「それはホメ言葉じゃないよ」と言われたことがあります。ホメたつもりだったんだけど、そうだよなと今は思います。誰でもおなじなんでしょ、みんなにおなじようにしてるんでしょ、と言ってるようなものだもんね。一対一の関係の場で、そんなこと言われたらそりゃ嬉しくないだろう。モテ自慢をするようないやなやつならともかく……。恋愛に慣れてない人が一生懸命ぶつかってくる姿勢って、人の心を動かすし、たとえ恋愛に慣れてても、本当の気持ちを誰かにぶつけるってすごくこわいことだと思います。それを「恋愛慣れしてるからこんなこと何でもないんだろ」と思われたら、たまらない。オム先生だって最初からキモかったわけじゃなくて、ちゃんとぶつかっていれば、土井亜紀はきっちりそれに向き合ったと思うんですよ。フジが好きだから振ったかもしんないけど、チャンスはあった。ちなみに土井亜紀はマネージャーの仕事をけっこうちゃんとやってるのに「デキてる」とか言われまくってほんとうにきついよね……。


 と、実在しないマンガの人物についてさも実在する人であるかのごとくアツく語りまくるところが、自分ダメっぽいなーと思うところです。いつかちゃんのように処女をなにがなんでも捨てたい気持ちもよくわかるけど、あまりにもビッチ扱いされたり男の人にドン引きされたりするようになると、いっそ処女だったらよかったのにな……と枕を濡らす夜もあるんですよ。処女AVライター33歳ってもっとドン引きされそうだけど! きれいごとに聞こえるかもしんないけど、フジがセックスうまくできないのなんて、好きだったら単にかわいい嬉しい思い出にしかなんないですよ。「緊張してできない」とか、泣いちゃうよ(嬉しくて)。セックスは、することだけがコミュニケーションじゃなくて、それにまつわる人には内緒のやりとりがコミュニケーションなんだと思います。「しない」「セックスが好きじゃない」「できない」って言ったり、言われたり、それに納得したりもコミュニケーションだと思う。私ほんとうに好きな人がセックス嫌いだったらもう一生できなくてもいいな。これがいちばんのきれいごとかしら。あはは。


 ちなみにこれ読んで(http://anond.hatelabo.jp/20100131173826)泣いてたら人に貸してた『電波男』がタイミング良く郵送で返ってきて「30女は萌えないゴミ!」っていうオビが目に入って瀕死の重傷を負いました。みそじはもう恋愛とか結婚とか語る資格ないですね。あとテレビを見てたらいつもはやさしい編集さん(男性)が伊東美咲を見て「劣化しましたね〜!」と溜め息まじりにつぶやいたので果てしなくビクッとしました。男の視線こわいよ〜。