ドグマその2

 ドグマの途中ですが、まずはちょっとお知らせです。別サイト「NO! NO! NO!」の方を更新しました。こちらはAVの話題ではなく、豊田道倫さんの新しいアルバムについて書いています。同時リリースのDVDはカンパニー松尾監督ですので、ファンの方はお見逃しなく。都内の方は、タワーレコード新宿店が一番確実に入手できるようです。
http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/addict/

 あと、ネットランナーの審査員賞をいただいたようです。
http://www.jarchive.org/book/netrunner/0512_netrunner.html
ありがとうございます。「インターネットをやる理由は、(お金ではなく)面白さであって欲しい」という言葉には、いろいろ考えさせられるものがありました。

 個人的なお知らせは、姉ちゃん最近マッサージに行ったのですが、「すごいね! 凝って固くなりすぎて、男みたいなカラダになってますよ!」と言われました。男みたいなカラダ……これ以上色気のない言葉をご存じの方がいらしたら教えてほしいです。豊崎由美(女性です。すごい男前!)に抱かれたいとか言ってる場合じゃない! 男みたいなカラダって、どうやったら治るんでしょうか……。欲求不満のあまりマッサージ中に二度ほど性感帯をツボられてピクッと来たのは内緒です。あと「お姉さん、けっこうがんばり屋さんなんだね」と言われて、ちょっとホロリと来たのも内緒です。

 さぁ、今日はまた、ひどく長い文章になりそうです。お時間のあるときに、ゆっくりどうぞ。

TOHJIRO監督

 さて、TOHJIRO監督(以下TJ監督)の話に入りますが、観たことがなければとにかくまず一度は観てみてほしいのがこのTJ監督の作品です。なぜかというと、弟よ! それは内容がどうとかそういうことの前に、TJ監督というのはAVの世界では、あの加藤鷹さんと並んで「ものまねされるキャラ」の一人だからです。この前コメント欄でも書いてくださった方がいましたが、TJ監督の声はそれほどに特徴があるのです。「い゛げぇ゛〜! い゛っじゃぇ゛〜!(絶頂に達することを催促する声)」「ぐる゛み゛ぃ〜!(森下くるみさんを呼ぶ声)」「ぎょう゛わ゛ぁ〜、ファンのびな゛ざんに本当の姿を見せてびろ〜!(演技ではない、ガチンコのセックスを要求する声)」など、一部のツウの間では濁点をこれでもかというほどつけて表記するのが常識にすらなっています。具体的にどういうことかというと、声が低くてものすごく通るんですね。ちょっと他では聞いたことのないタイプの声です。
 しかしこの声が、よ〜く効くんですよ。何にって、女優さんのスイッチをONにするのに、です。女性だけでなく、男性にもよく効く。私はTJ監督に一度取材をさせていただいたことがありますが、その時同行した新人編集者のI塚くん(元気でやってますか? 読んでたらコメントください)は2時間あまりのTJトークを聴いてるうちにすっかり全身TJ色に染められ、取材の後同じくドグマの二村監督に焼き肉をおごってもらいながらも「TJ監督すごいッス」しか言わない洗脳されっぷり(その焼き肉は誰に食わせてもらっているのか、よく考えたほうがいいと思う)。一時は本当にドグマに入社しかねないほどにヤラれちゃってました。私はこの危機を耳栓を使うことで回避したのですが(すいません嘘です)、間近で聴いてると本当に、対峙しているのがやっとというほど音・声量ともに迫力のある声でした。

 TJ監督の代表シリーズは「拘束椅子トランス」「Mトランス」「アナルトランスDX」……トランスばかりしているのはともかくとして、作風は基本的にハードだという印象が強い。マゾ気質のある女優さんを、M字開脚状態で拘束し、叫んでイキまくるまで責めまくる「拘束椅子トランス」に代表されるような、「女優が極限状態に追い込まれ、演技やサービスではなく本当に乱れる姿を見せる」という内容が、TJ監督作品の基本ラインです。フェラチオ中にノドの奥に、吐くまでぐいぐいつっこんだり、快感でわけがわからなくなって絶叫したり、泣いたりする女優さんも続出します。

 そのような作風から、TJ監督は「ガチンコ」で、「作家性の強い」、「個性的な」監督だと思われている。TJ監督といえば「作家」であり、「作品」を作っているんだというような雰囲気があります。しかし、私はTJ監督は表面はアクが強くて熱くても、中には実に冷静で、いい意味で「普通」な部分があると考えています。

 弟よ、おまえと私は最近電話でこんな会話をしましたね。「最近よく見かけるビデオがあるっちゃけどさ〜、なんか黒いパッケージのやつで……」「もしかして、四つん這いで顔だけ振り向いてる女の人とか、イスに縛られてる女の人とかが黒地の中にいるやつ?」「そうそう、それ! それけっこう気になっとうっちゃんね」。この会話のポイントは何でしょうか。

 AVは、ひと月に膨大な本数がリリースされています。黒いパッケージのAVなんか死ぬほどある。でも「黒い」「なんか気になる」だけで私にはそれがTJ監督作品だとわかったし、「四つん這いで振り向いてる女の人がいる(「アナルトランスDX」)、イスに縛られてる女の人がいる(「拘束椅子トランス」)」だけで、弟よ、おまえにはそれが自分の気になってるやつだとわかる。なぜなのでしょう。それはTJ作品には、他にはない「インパクト」と「わかりやすさ」があるからです。

 TJ監督の作品を探すには、別に目を皿のようにしてパッケージの背に書かれた監督名(アリのような文字です)を読み続ける必要はありません。一度見ればすぐにわかるし、女優が違ってもシリーズが違っても一貫するテイストがあるから「あっ、これ、もしかして……」と気づける場合が多い。印象的な黒バックに簡潔かつ強いタイトル。そして女優の肌や顔はこれでもかというほど美しく艶っぽく撮られています。TJ監督作品の、パッケージやタイトルも含むトータルでの印象はものすごく強い。TJ監督の名前を知らなくとも、監督でAVを選んだことがなくとも「あっ、なんかこれ、有名なヤツなのかな?」と思わせる強い印象があるんです。

 TJ監督の、女の本性をむき出しにしようとする作風はある種代々木忠監督のスタンスに近いものがある。代々木監督は、知っている人も多いかと思いますが、ものすごい監督です。けれど、TJ監督のすごいところは「代々木監督に近い」という部分ではない。むしろ遠い部分なのです。

 作家肌であったり、ある強いこだわりを持った監督というのは、しばし売れセンから外れることがあります。代々木監督の作品は今も根強いファンを持ち、なおかつ新しいファンを獲得しながら見られ続けていますが、その立ち位置は「今一番ヒットしている作品」の立ち位置ではありません。そういうところとは違う、少し離れた場所にいる感じがします。

 どっちの立ち位置がいいのか、作品の内容はどちらが優れているのかという話ではありませんが、TJ監督はやはり代々木監督とは違います。前回も書きましたが、D-1 CLIMAXでプレスが追いつかないほど圧倒的に売れたのはTJ監督ですし、セルビデオの中心的な位置にいます。なぜ、TJ監督はその場所に立てるのでしょうか? 

 大きな理由は、TJ監督が、「本気で感じてイキまくる女」という、代々木監督と同じものを好物としながらも、代々木監督とは違って、「しかも、美人な女」か「しかも、ロリっぽくてかわいい女」が普通に好きだから。だと思います。一見非常に個性の強いTJ監督ですが、女の趣味は一般人に近いところがあるのか、もしくは「多くの人間がグッと来る女」を見分ける力があるのでしょう。そのことも含めて、TJ監督という人は非凡なまでの「バランス感覚」を持っている。

 パッケージだけでなく、TJ監督は、声の出演者として、女優を見守り活かす監督として、作品をトータルで演出し、作りあげています。「ガチンコでアクの強いTJ監督」というキャラクターまで含めて、演じきっているように見える。イベントなどで壇上に立つTJ監督や、掲示板でレスを返すTJ監督の言葉は非常に熱い。それが嘘だとは、私は思っていません。でも、TJ監督はその出力の調節ができる人なのだとは思います。

 私は、D-1で話題になった「Mドラッグ」(星月まゆら主演 http://www.dogma.co.jp/shop/index.php?act=prod&prodid=601&dgsid=67b88f079b2fba868a64bacb9cc68803)を観ました。この作品で、TJ監督は、例の濁点の多い声を一度も出していません。同じ星月まゆらの「アナルトランスDX」では「ま゛ゆ゛ら゛ぁ〜!」と言っているのに、です。「Mドラッグ」の内容は、基本ラインはトランスものに近い感じですから、TJ監督がまゆらちゃんに話しかけていても全然不思議はない。なのにしゃべらなかったのは、それが「D-1」の場だったからではないでしょうか。TJ監督の声は私は嫌いではありませんが、2ちゃんなど観ている人の意見が飛び交う場では以前から「監督の声があると、オナニーの邪魔になる」「集中できない」という声が根強くありました。もちろん一方では監督の声も含めて、TJ監督作品の熱狂的な支持者もたくさんいます。おそらく、「Mドラッグ」がD-1作品ではなく普通の新作だったら、TJ監督はしゃべっていたのではないでしょうか。普通の新作だったら、それを買うのはある程度「TJ監督のファン」であることが多い。D-1では、今までファンじゃなかった人や、今までTJ監督を知らなかった人も観る可能性が高いです。肉便器というハードなテーマを据えながら、その「初めて見る人たち」を主なお客さんだと考えた結果「しゃべらない」ということにしたのではないか、と私は推測します。

 自分の好きなものを撮って、情熱のおもむくままに好きなことをやっているように見えるTJ監督。しかし本当は、「どんな人が観るか」をしっかりと考え、観る人の興味をひけて、観た人が満足する作品を作っている。頑固なようでいてある部分は柔軟で、キャラの出し方や作品の見せ方、売り方をよーく知っていて、計算をしていると思います。「計算」という言葉は、熱いTJ監督を好きなファンの方には嫌な感じに聞こえる言葉かもしれません。でも、どうやって人の心を掴むか、どうやって多くの人のもとに届けるかを考え、それを確実に効果のある方法で実行する「計算」は、ものすごく大切なことなんです。中身の良さに自信があるのなら、伝えていくしかない。それを伝えられなかったばかりにメインストリームに出ていけなかった作品は、いくらでもあるんです。TJ監督は自分の作品を、最大限に「生かしたい」のでしょう。私はその、時にはあざとく感じるほどのTJ監督の「作品から自分のキャラクターまで含めての見せ方の上手さ」には、作品の好き嫌い以前に素直に敬服する部分が、あります。自己演出の上手さには、あの元ソフト・オン・デマンド社長の高橋がなり氏に通ずるところもあるように感じるし、作品のブランドづけの上手さにはデザイン・写真・作風の歯車がガッチリ噛み合って回っている力強さを感じます。「いい作品を作ること」が一番大事だと考えながら、TJ監督には、作っただけでは終わらないプロデューサーや営業的な視点があるように思います。それがあるからこそ、TJ監督は「自分の撮りたいもの」を撮りながらも、ただの自己満足に終わることがないのだと思うんです。

 あと、ドグマのボスキャラとしても、監督としてもTJさんには「強い」イメージがありますが、私は逆に非常にもろい部分を感じることがあります。それは、TJ監督がソフト・オン・デマンドで撮った、夏目ナナ森下くるみ主演の「ストリッパー」のオープニングで、「A TOHJIRO EROCINEMA」というクレジットが出るときに感じる「もろさ」です。TJ監督という人は、どこまでが計算であるかはともかく実際に商売上手で作品を売ってきた人であり、ドグマというメーカーをここまで維持してきた人であり、おそらく商売の汚い面や厳しい面もたくさん知っている人だと思います。普通なら「売る」ことに拘泥して「売れないものはダメだ」という思想になっていてもおかしくないです。それでも、今もなおTJ監督が大事にしているのはあくまでも「自分の撮りたいもの」なんです。

 TJ監督は、夏目ナナ南波杏及川奈央といった他メーカーの専属女優を、ドラマ作品で撮ってきました。専属女優を他メーカーの監督がこんな形で撮るというのは例のないことです。そんなことを実現する能力がTJ監督にはあるわけで、普通だったらそんな能力があれば、それを徹頭徹尾商売に利用すると思う。でも、TJ監督がやりたいことはそれで「稼ぐ」ことじゃなく、「自分の作品」を撮ることなんです。ふてぶてしく、商業主義のAVの世界を戦い抜いているように見えるTJ監督の、もっとももろく弱い部分が、そこには出ているような気がするんです。「弱い」というと、少し違うかもしれない。他では徹底的な自己演出を行っていてスキのないように見えるTJ監督が、なんの防御も演出もなく、等身大の、本名の個人の作り手として無防備に立っている、そんな感じがするのです。

 TJ監督という人は、そういういろんな意味を含めて、今のセルビデオの世界を代表する監督のひとりです。ドグマは一部作品のレンタル解禁もしていますので、興味を持たれた方はどうぞ。ここをお読みの方で「最近のAVのノリについていけない」とお感じの少々年配の方にもおすすめします。今ドキの軽いノリではない、女の裸が今よりもっともっと高値だった頃の良い雰囲気がTJ作品の中にはあります。最初から女優が裸で出てきているのに、その裸が安っぽく見えないんです(作風は対極のように違いますが、二村監督の作品にも同じことを感じます)。脱ぐのが当たり前、セックスするのが当たり前で大量のヌードとセックスが氾濫しているAVの中で、「裸がありがたく、嬉しく見える」なんてね、当たり前でなきゃいけないんだけど驚くべきことです。仕事柄AVをたくさん見ている私でも「ああ、いい女が脱いでるな〜」と思ってしまう。女の肌のシズル感(みずみずしさ、みたいなことです)だけでなく、温かさやきめの細かさ、触れたときの手にしっとりなじむ感じまで映像で出している、というのはドグマというメーカーの、非常に大きな特徴だと思います。