『クワタを聴け!』

★サザンと桑田にハマり、聴き始めの頃に一度読んで、その後アルバムを一枚聴くごとに読み直しているのがこの、中山康樹先生の『クワタを聴け!』です。


 これは中山先生が、桑田に取材を一切行わず、直接会わず、ただ曲だけを聴いて、サザン、桑田ソロ、桑田バンド、嘉門雄三名義の曲まで全350曲以上を、すべて新書の1ページでレビューしている本で、タイトルの横に星で五段階の評価がついている。


 おもに新書で発揮される、ちょっとお茶目な中山文体はそのままに、熱い情熱と豊富な知識でサザン、桑田の楽曲を受け止めてある名著だ。


 中山先生はわりとメロウな楽曲がお好みのようで、疾走感を求める私とは星の評価が逆だったりするんだけど、そんなことは本当に些細なことで、この、1ページの中にこもっているものの凄さは、読めば読むほど、そして聴いてから読めば読むほどに、骨の随まで沁みてくる。


 ある、5つ星の曲のレビューはこう始まる。「なんといい曲だろう」。ライターなら、ライターじゃなくても、こんなフレーズは一冊につき一回しか、数年に一回しか使っちゃいけない、乱発すれば効果を失う必殺技であり、下手すりゃ素人技と思われるフレーズだ。このひとことをこの曲で書くために、中山先生はほかの曲でどれだけこう言いたいところを我慢してきたんだろう、と想像してしまう。ほんとはもっと、いっぱい「なんといい曲だろう!」と書きたい曲があったはずなんだ。だって死ぬほど桑田が好きなんだもん、中山先生。1ページじゃ足りないだろう。けど、そこを好きな曲でもあまりいいと思わない曲でも全部1ページにして、限られた文字数の中で勝負する。レビューの可能性に挑戦しているかのような姿勢で、そしてたった1ページのレビューで、読み足りないことはない。ないどころか、その中に「このフレーズは何の影響を受けているか」などの情報から、中山先生のその曲に対する解釈、良い部分、違和感を感じる部分など、的確な評価が余すところなく入っていて、すごい。


 遅れてサザン、桑田を体験してそのすごさに震えた私にとって、この本はまさに唯一の「友達」であり、一番好きな曲のレビューでは「そうそう、そうだよね」と共感でいっぱいになった。「中山先生だけは、桑田のすごさを本当にわかってる」ということが、私を周りの雑音からいかに救ってくれたことか。「初期はいいけど、最近のサザンはちょっと」「桑田のソロはロック色強くて嫌い」とか、そういう言葉を聞くたびに感じてた「そうじゃないんだよ!」という苛立ちをいかに鎮めてくれたことか。こんなに何度も読み返す本は、ないですよ。


 中山先生は音楽評論家で、膨大な知識があるし、いくらでももっと長い文章も難しい文章も書けるだろう。でも、そうしない。私でもわかるように、1曲1ページという短さで書いている。難しいことを書くより、わかりやすく簡単に書くほうが、ずっと難しい。それを中山先生は、誤解を受けることをおそれずにやっている。しかも、ユーモアも忘れずに。マイルス・デイヴィスについて書いてた人がいきなり桑田だよ。普通怖いでしょう。でもそんなのどうでもいいんだ、きっと。これこそ、一流のベテランの仕事だと思う。


 ちなみに『ハートに無礼美人』のレビューでは「聴き手の「いるいる、こういうヤラせてくれない美女」という共同体験の残り火に油を注ぐ」って書いてあるんですが、ほんとこういうところがチャーミングですね。いたんですか中山先生、そういう美女が? とからかいたくなります。

クワタを聴け! (集英社新書)

クワタを聴け! (集英社新書)