はじめに

 はじめまして、雨宮まみです。私は、AVライターという仕事をしています。アダルトビデオのレビューを書く仕事です。普通そう言うと、人は笑います。べつに軽蔑してるわけじゃなくて、AVという恥ずかしいものをマジメに観て、レビューを書いているということがちょっと可笑しいみたいです。弟に自分の仕事を話したとき、弟も笑いました。

 私は、男と女の欲望の形が、それほどかけはなれた、理解しあえないものだとは思っていません。だから、自分が、男性を対象に作られたAVを観てそれについて何か書くことも、不自然なことだとは思わないし、女だから、男とは違う見方をしてしまうとは思わない。もし私が間違ったことを書いたなら、それはただライターとして間違った、ということだと思うし、そのことには非常に注意を払っています。間違いは謙虚に、真摯に受けとめるべきだと思ってる。

 「AVを観たがっている女は、どっかおかしい」と思っている人も、います。本当は、AVを観たがっている女性の気持ちは、AVを観たがっている男性の気持ちと近いもので、わかりあえるはずなのに、と思う。セックスがしたい、いやらしいものを観て性欲を解消したい、セックスに対して何か怖いような、羨ましいような気持ちがあって、AVを観てみたいと思う気持ちに、男も女もないと思います。まったく違わないとは言いませんが、「どっかおかしい」と思われるほどは違わないと思う。

 私も今でこそ仕事でAVを観ることができますが、以前は借りるのも一苦労でした。セルショップやレンタルショップに一人で入って買うのは、恥ずかしいという以前に、怖いです。「AVなんか買う女は変態でスケベでヤッて欲しがってるから、何したっていいんだ」と思っている人がその場にいたら、と思う。そこまで思ってなくても、好奇心で後をつけられて自宅を知られたりしたら、やはり怖いです。私はAVライターだからまだいいですが、両親と住んでいる人、堅気の仕事をしている人は、私以上に不安だし、怖いと思います。ネット通販で買えばいい、と思っても、「お客様情報入力フォーム」に本名と電話番号と住所、全部書くのが怖くて買うのを見送ったこともあります。今は「仕事だから」という気持ちで買うことができますが、送られてきたビデオに、「おまけはいらない」という項目にチェックを入れたにもかかわらずオナホールがついていたときには、がっくり力が抜けました。こんなんで、普通の女性が、AVを気軽になんて買えるわけないです。買うために勇気を振り絞らなくてはならないし、そこまでしても(そこまでするからかもしれませんが)「おかしい」とか思われてAVの感想すら言いあえないのだったら、AVを観ることを素直に娯楽として楽しむことはできません。

 私は、自分がこの仕事をしていることを恥ずかしいとは思っていませんが、弟に話すのは最初少し抵抗がありました。弟が、自分の姉が「AVを観る女」であることを「知りたくない」かもしれないし、「どっかおかしい」と思うかもしれない。そのことは少し、怖かったです。弟は九州の田舎で育った、女性に対して一般的な感覚を持った男で、AVを観るような女は身近にはいなかったと思う。
最初は確かにちょっと、ぎくしゃくしました。

 身内の性欲のことなんて、誰にとっても知りたくないことです。「仕事」だから話せたのかもしれない。けど、今は、たまに実家に帰ると弟とAVの話をします。何がアタリか、どの女優がイイか、企画もので面白いのはどれか。弟はAVマニアではないし、仕事じゃないから分析的に観ているわけではないです。けど、弟と話していると、「いい」「悪い」を感じる基準についてわかりあえる部分が非常に多い。

 弟はビデオ誌を読まないし、AVはビデオ屋でしか観ていません。観る本数も私よりはずっと少ないし、メーカーの名前や監督の名前も知らない。AVの世界の内情なんて知るはずもない。けれど、その弟が「美竹涼子って美人やとは思うけど、なんかあんまり反応がない感じで、なんで人気があるのかよくわからんっちゃんね」とか「ワープっていうところのビデオ、あのジャケットっていうと? あれがえらい良くて観てみたくなる」とか、「名前は知らないけど、あのイケメンの髪が長い男優(南佳也さんのことです)が出てくると、かっこよすぎてあんまり感情移入できん」とか、よーくわかることを言うんです。

 私は、女だからAVのことがわからないとは思いませんが、それでも、弟と同じ感覚をわかちあえていることに、安堵の気持ちをおぼえます。ワープのビデオが、パッケージも中身もいいなんてことは、AVについて書く仕事をしてれば当たり前のように感じることなんです。単体女優の中に、本気で感じているように見えない女優さんがいることも、そういう女優さんにエロさを感じられないことも(美竹涼子さんは美人なので、それだけでエロいと感じる場面はありますが)、観ていればあります。弟が、AVに詳しくないのに自然に私と同じことを感じていることで、ほっとする。ライターとして、私は「間違っているかもしれない」ことは書かないようにしているし、いいものは自信を持ってすすめていますが、個人としてどこかで自分が女であることを不利だと感じたり、女だから誤解されるのではないか、というプレッシャーを感じることがあります。弟と話していると、そのプレッシャーからふっと解放されることがある。あたりまえに、AVを観ることや、それについてああでもないこうでもないと言いあうことが楽しいと思える。

 弟とAVの話をするなんて、姉とAVの話をするなんて、気持ち悪い、と思う人も多いでしょう。私も弟も、最初から平気だったわけではないし、もともとそういうことに抵抗のないさばけた性格だったわけでもありません。お互いに、お互いの知らないところで何かを消化して今の関係をつくってきたのだと思います。それは、私にとっては、気持ち悪いことではありません。弟は自分の性癖については言いにくそうにするし、私も仕事で観てあれがよかった、これがよかったとは話せますが、これで最高に興奮した、なんてことはあんまり言えません。やっぱそれは、恥ずかしいし、お互いに気持ち悪い。

 AVを借りたり買ったりしてハズレを掴んだり、なかなか自分の好みに合うものを見つけられなかったりするということを誰もが経験するように、弟も経験しています。いっぱいありすぎて、どれがいいのかわからないし、パッケージで美人だと思ったけど中身を観たらそうじゃないとか、面白そうだと思ったのに中身はヤラセ丸出しとか、いっぱいあります。私はたくさん観ているうちに、ハズレの少ないメーカーはどこか、エロいものを撮る監督は誰か、いいシリーズは何か、ということが自分なりにわかってきました。自分の基準が全ての人にあてはまるとは思いませんし、「いいビデオ」というのは「いいバンド」や「いい映画」とかと一緒で、好みにものすごく左右されるし、質がいいとかよくできてるとかいうことと「好き」という感情、「エロい」と感じる気持ちは別のところにあることもあります。簡単に言えば、ヘタクソで素人臭い映像であっても、それがなんともいえずいいこともある。上手くても、上手さが鼻について感情移入できないこともある。そういう部分をひっくるめた上で、私には、音楽ライターが自分の好きな音楽について確信を持って「いい」ということを書くように、「いい」と思えるAVがあります。自分だけでなく、多くの人にこの良さはわかるはずだ、と思えるものがあります。

 私は、弟にそれを伝えたい。弟と同じように「当たり」のAVになかなかめぐりあえない人に「つまんないのばっかじゃないんだよ」と言いたい。つまんないAVだけ観て、「こんなもんか」って思ってほしくない。私は、弟に、自分好みのAVを見つけるためのささやかな手助けのようなことを、したいと思います。それが、弟以外の人にとっても、役に立てばうれしいと思う。そして、いろんな人とAVに対する気持ちを共有できればいいと思うし、男性も女性もきょうだいを見るような気持ちで、AVを好きな異性に対して接することができるようになればいいと思う。AVに関して「これがいい」とか「エロい」とか感じる気持ちを共有することで、お互いの感覚をわかりあえたら、いいんじゃないかと思う。もっと言えば、モテとか非モテとか、護身完成とか負け犬とか言っていないで、モテない気持ちや、AVで欲情する気持ちがわかる者同士として、普通に仲良くすればいいんじゃないかと思う。

 ネットとAVと文章を通じて、みなさんと姉弟・姉妹のようになれますように。弟と話すようにあまり気負わず、らくな感じで書いてみたいと思います。更新頻度にはあまり自信がないですが……。

 それでは、東京から北九州へ、そして全国へ愛を込めて。