不況という名の船に乗り

 「もし今後、うちの本が予算を削られたりなんかしたら、俺はどうしてもつきあいの長いライターのほうを選ばざるを得ない。君はまだ若いから、今のうちにほかにも書く場所を見つけておいてほしい」


 お酒を飲みながら、あるエロ本の編集長に言われた言葉だ。「この船は沈むかもしれない。きみは死なないように逃げて生きのびろ」って言ってるように聞こえた。帰って少し泣いた。


 「エロ本を読む読者層って、高齢化してるじゃない? 俺と同世代の奴らも読んでると思うんだよね。だったら、俺は墓場までそいつらにつきあってやるよ」


 これは、老舗でまだ売れ続けているエロ本の編集長の言葉だ。この人の編集は生きながらにしてすでに伝説になっている。発狂しそうな企画や言葉を思いつく人。


 不況なのはほんとなんだろう。出版不況なのも、エロの世界が不況なのも本当なんだろう。だけど、それが、どうしたっていうんだと思う。


 覚悟を持ってエロ本作ってる人がいて、その前で、不況の話なんか、何の意味もない。もっと大事な話があるからそんな話をすることもない。


 エロ本が終わった? 死んだ? AVがつまんなくなった? コンビニ行って『ON.』買ってから言ってくれ。今のマドンナ作品観てから言ってくれ。ヒフミタツオ監督作品もな。


 単なるオナニーツールって、何なんだ。裸の写真が載ってりゃ、セックスしてる映像があれば何でもいいのか。抜けるのか。違うだろ。そんなに男をバカにした話はないだろう。オナニーツールで何が悪い。そのオナニーツールに優劣があるから、みんなそのツボを探り当てるのに必死なんじゃないか。


 いかにグッとくるエロを作るのか、いかに興奮するセックスを見せるのか、それがエロ本の、AVの作り手のウデの見せどころじゃないのか。


 ネタは出尽くしたとか、ほとんどのジャンルはやり尽くされてるとか、金がないとか時間がないとか言い訳はいくらだってできる。本当にそう思うなら、黙って立ち去るべきだろう。まだ何かやれると思うなら、言い訳なんかしてる場合じゃない。


 沈んでいく船だと思うなら、ボート乗って逃げ出せよ。船の穴を塞ぐ気もなければ、船と一緒に沈む覚悟もなく、沈んだら自力で泳ぐ気もないのに「沈む、沈む」ってただ騒ぎ立てるだけの不況話はもう、たくさんだ。


 不況なのは本当だし、本当でいい。不況で予算が削られて金も時間もシビアにタイトになってるのも本当だろう。本がガンガン休刊になってるのも本当だろう。知ってるよ、そのくらい。誰だって。


 エロを愛してるとか、この仕事に誇りを持ってるとかじゃなくて、エロ本もAVも、いいもんあるんだよと言いたい。面白いよって。不況だとか休刊ラッシュだとか言う前に。面白いからやってるんだし、つまんなかったらとっくにやめてる。愛してるから、誇りをもってるから言うんじゃない。面白いから言うんだよ。戦ってる人間の前で、これは負け戦だ、もうダメだってうろうろされたら、戦ってる人間はいい迷惑だ。踊り狂ってる人間の前で「踊ったってムダだよ。どうせ世界は終わるよ」って言われても、踊ってる人間はただ踊るだけだ。気分よく踊らせてくれ、と思う。


 いいもの作る人間は、どんな状況だろうがどんな環境だろうがいいもの作るんだよ。そのことに価値を見いだせないのだとしたら、もう投げかける言葉はない。


 みんな、不況になったら世の中つまんなくなると誤解してないか? 不況になったら小説つまんなくなるんか。本読めなくなるんか。服着れなくなるんか。「食べていけなくなる」不安はエロの世界じゃなくても誰にだってある。そういうときに寄り添うものが芸術とかなんじゃないのか。そういう不安をなぐさめるのが女で、男で、ポルノなんじゃないか。


 寒いのに帰り道アイスチョコバーをコンビニで買ってべりべり開けて歩きながら食べてるOLさんがいた。終電間際に、違う方向に帰る男女が手話で話していた。不安に駆られて今日を生きることを忘れてどうする? 歩きながらアイス食う自由ぐらいまだいくらだってあるじゃんか。気分いいよ。


 私は毎晩、桑田佳祐を聴いて不安を叩きのめす。桑田佳祐ぐらい金持ちだったら何の不安もないんじゃないかなんて貧しいこと言う奴は想像力のないカスだと思う。不安でも歌うからカッコいいんじゃないか。そして、不安でも歌うのがプロだろう。音楽でも、出版でも、ふつうの会社でも。


 『HOLD ON(It's Alright)』
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