★仕事で投稿ビデオを観ていたら、出てくる素人の娘さんたちがみんな若くてかわいくて、肌ぴちぴちなうえに顔も良くてスタイルももちろん良くておっぱい大きくて、そのうえ感度とかも良くてエロくてご奉仕にも積極的で、挙げ句の果てにあんなところまで白とピンクしか色素がなくてものすごくキレイだったりして、もう自分の足下に暗い丸い穴があいて自分の存在そのものがスーパーひとしくんのように没シュートされてしまえばいいのに……と星に願いをかけたい気持ちになりました。


 30代の自分自身(女)は、自分のことそんな悪くないと思ってて、こないだもパスポートの切り替えで10年前と写真を見比べてみたらあきらかに10年前より今のほうがずっとずっといいし、自分以外の誰かになんてなりたくないし、ときには自己陶酔するくらい自分のことが好きだったりする。


 なのに、自分の中に住んでいる男みたいなものは、投稿ビデオに出てくるみたいな若くてエロい女となんも考えずにヤリたいと思ってるわけで、しかもそのビデオに出てくる女たちは6人中6人全員がナマで、恋人でも結婚してるわけでもなくセフレなのにそのありさまでさらに数人中出しまでしてて、自分がそんなことをするのを考えたらぞっとするのに、自分の中の男はそういうことがしたくてたまらないわけで、それがエロいと感じるのであって、そういうことを拒否するめんどくさい年増女とかとは一切、やりたい気持ちが起こらないのであって、しかもそのうえ顔に老化が見えはじめおっぱいも大きくなく、情念濃そう(←これは年齢じゃなくて私個人の特性だけど)な女なんてやる意味がわかんないっていうか、むしろやりたくないパスしたい物件なわけで、誰に拒否されたわけでなくても、自分のことを、自分の中の女は大歓迎で受け入れてるのに、自分の中の男はものすごく否定していて、そのふたつに引き裂かれるとものすごく絶望的な気持ちになる。


 じっさいにほかの男性がホメてくれればそれでいいとかいう問題じゃないのがめんどくさいところで、ああいうビデオを観てしまった以上、私は自分がビデオにうつったとしたらあんなかわいいフェラ顔とかできないことや、ああいうアングルで撮った自分のからだがあんなきれいなフォルムにならないことや、騎乗位の風景が貧相であることを想像せざるを得ないわけで、自分が男だったらそのことにどんなにげんなりするかとか、あーあもっといい女とやりてーとか思っちゃうんだろうなとか、そういうことをいやになるほどリアルに想像してしまう。年増の自分は「気持ち悪い」とはっきり思う。


 こないだ二次元の女に三次元の女は勝てるかという議論みたいなのをちらっと見たけど、そんなの問うまでもなく勝てるわけねーじゃん、女をいじめるのもいいかげんにしてくれよと思った。二次元に勝てないなんてそんなの20年以上前からわかってるし、ずっと絶望し続けてるんだよ。いまさらなんなんだよ。感触があるから勝てる? そんなわけないじゃん。大好きでたまらない女とか、やりたくてたまらないようないい女ならともかく、そうでない他人の体温や感触なんて気持ち悪いだけだろうが。だからやるためだけにたいして好きでもない相手と絡み合うときには、その感触のなまなましさをむりやり興奮でふりきるようにしてやるわけで、それは酒をむりやり流し込んで酔っぱらおうとする行為にとても似てるから、あとで二日酔いみたいな胸焼けするいやな気持ちが残る。セックスは「気持ちいい」はずのことだとされているけど、好きでもない他人との接触はいつもどこか「気持ち悪い」。そのふたつが混ざったセックスは悪酔いする。


 若いときもかわいくてきれいではなかった私は、若くてかわいい女のコに嫉妬できない。一度も持ったことのないものは遠すぎてねたむことすらできない。自分の中の男が彼女たちを追いつづけるかぎり、私は引き裂かれつづけるわけで、どこかで自分の中の男を追い出すか、考えを変えさせるかしないかぎり、心の平和は訪れないような気がする。


 それにしても、自分の中の「女」と長い時間をかけてやっと折り合いをつけて、すくなくとも外見はある程度、引き裂かれていない、落ち着いた状態になったと思うのに、まさかその先にこういうことがあるとは思ってなかったなー。自分の中の男は非常に浮気性で気が多く、若くてかわいくてエロい女もいいと思ってるけど、エロくなくても見てるだけでかわいいような女のこともすごくいいなと思ってて、二次元のかわいい女の子とか見てると胸が苦しくなるほどかわいくてかわいくてたまらなくて気が遠くなりそうになる。私の中の男は30女なんてゴミだから死んじゃえばいいのにって思ってるんだ。私の中の女は30女最高! 自分も30代がいちばん楽しいし周りの30女もすっごい面白くて個性的でそれぞれにかわいかったりきれいだったりしてそういう女たちと遊べて最高とか思ってるのに、触れ幅のあまりのキツさに酔いそうになる。


 エロの仕事をしているせいなのか、もともとこういう要素が強いからエロの仕事をしているのか、卵とにわとりのどっちが先かわからないけど、投稿ビデオを見てあまりのいやらしさにうらやましくなって「いやらしいセックスがしたい」と思うとき、私の気持ちは「女の自分主体」じゃないことがけっこうある。


 男から見て、とか、投稿ビデオになったとして、それがエロいセックスなのかどうか、みたいなことを基準に考えてるときがある。男の自分が、やったことを自慢できるようなエロいセックスをしたいという気持ちに近くて、自分の趣味嗜好とは別に、あれくらい鑑賞に耐え得るいやらしいセックスがしたい、と思うことがある。


 だけどそれは「ほかの女に勝ちたい」っていう「女」の気持ちかもしれなくて、混乱する。自分が誰よりもキレイでエロいんだということで勝ちたいんじゃないかと思う。でもそれは無理だから絶望するんだろうか。自分のしたいことはなんなんだろう、と思う。すべての女に「勝つ」なんて、無理だ。


 そういうことがありうるとしたら、それは恋愛の場において、自分が誰よりもものすごく愛されていて、愛している男にとって自分は世界でいちばんかわいいくてキレイで最高っていう状態なんだろう。けど、私はいまその幸せをちょっとあきらめているから、よけいにいろんなことが絶望的に感じられるのかもしれない。


 そんなわけで、とかくこの世に投稿ビデオほど心をかき乱されるものはないのだった。欲望過多でげんなりすることも多いけど、やっぱり好きだ、投稿ビデオ。あれを観ているときに感じる気持ちは、まだまだ解決できないことや、整理がつかないことが山ほどある。