愛の、愛の小さな恐ろしい世界 『イッツ・ア・スモール・ワールド』

★今日は、気分を変えてディズニーランドの話を。


 気持ちが真っ黒になって、どこをどう裏返しても前向きな気持ちになれず、人生が続いていくことが堪え難い気持ちになるとき、私はなるべくさっさとディズニーランドに行くことにしています。


 「ディズニーランドが好きだ」と言うと、「ミッキーが好きなの?」と聞かれることもありますが、ディズニーのキャラクターはべつだん好きじゃない。私がディズニーランドを好きなのは、それが「日帰りで行けるファンタジーの国」だからです。感覚としては、海外の美しいリゾートに一週間ほど滞在して非日常を堪能して充電してくるあの感じにとても近い。


 私が初めてディズニーランドに行ったのは、小学四年生のときに親戚の結婚式のため家族で上京したときのことでした。日付も覚えてます。12月7日。行く前に、クラスでただ一人ディズニーランドに行ったことのあるYちゃんに話を聞いていると、優等生でクラスで一番勉強ができ、年齢不相応に落ち着いた雰囲気であったYちゃんがめずらしく興奮した口調でこう言いました。「『イッツ・ア・スモール・ワールド』にだけは絶対行ったほうがいい! 絶対、絶対、すごく感動するから!」


 しかし、私はそのとき『イッツ・ア・スモール・ワールド』には行かなかった。他のジェットコースター系のアトラクションに夢中だったし、『イッツ・ア・スモール・ワールド』はいかにも子供じみたアトラクションのように思えた。いつもとは別人のように熱く『イッツ・ア・スモール・ワールド』の魅力を語るYちゃんが、まるで突然新興宗教に入ってしまった人のようでちょっと気持ち悪かったというのもある。私がその『イッツ・ア・スモール・ワールド』のすごさを思い知ったのは、大学生になって東京に住み始めてからのことでした。


 『イッツ・ア・スモール・ワールド』は、ディズニーランドの他のアトラクションとは明らかに違います。建物の中に入った瞬間、それが他とはまったく「違う」ことがすぐにわかる。まず壁に描かれた絵の雰囲気が、あのディズニーのアメリカっぽいポップな感じとまるきり別物なのです。どんな絵なのかというと、ある種の児童文学や絵本の雰囲気に近いのです。「何かの模倣かな?」と思うほどに既視感のある、普遍的な「かわいさ」を持った、完成された絵です。


 アトラクションの内容は、大きな河の中に数十人が乗れる船が浮かんでいて、それに乗って河を流れていくというもの。河の両岸には世界各国の民族衣装を着た子供の人形が大勢並び、その人形がいっせいに各国の雰囲気に合わせてアレンジしたバージョンの「イッツ・ア・スモール・ワールド」を歌っているというもので、南の島ふうの衣装を着た人形のところではちょっとポリリズム風のアレンジになっていたりします。でも、ただ、それだけ。水の中を落下したりもしなければ、何かビックリするような特別な仕掛けがあるわけでもない。けれど、私はディズニーランドの中で、このアトラクションが最も魅力的で、最も恐ろしいアトラクションだと思っているんです。


 私は、ディズニーランドのようなファンタジーの世界は、現実逃避のための夢を見せる場所なのではなく、ファンタジーの中で楽しく遊んだ快感によって現実を生きていくためのエネルギーを取り戻す、そういう場所なのだと思う。ディズニーランドだけではなく、もちろんある種の歌や、映画や、アニメやマンガにもそのような力はあって、実際そういうものに私はとても助けられてきた。


 エレクトリカル・パレードの狂躁や、『カリブの海賊』の暴力とセックスとラム種の酔いに満ち満ちた世界、本当に透き通った幽霊が豪邸の中で手に手を取り合ってダンスに明け暮れる『ホーンテッド・マンション』、ピーターパンの物語の世界をはるか上空から(本当はそれほどの高さはないのに、遠近感を利用してとても高く感じるように見せている)見下ろす『ピーターパンズ・フライト』、ハチミツ壷の中に乗り込み、レールも何もない平らな床の上をその壷がクルクルと周りながら滑るように動いてゆく『プーさんのハニーハント』、ウサギが「笑いの国」を探す冒険の旅に出て、色とりどりのキノコに囲まれた「笑いの国」にたどりついてゲラゲラ笑い転げる中で水上コースターがまっさかさまに落下する『スプラッシュ・マウンテン』(ドラッグ体験の隠喩ですかね)、そして草花から街灯、池に浮かぶ鳥までもが徹底して計算され、デザインされ尽くしている景色。ディズニーランドは他の遊園地とは違う、とよく言われますが、他の遊園地がただ現実の延長の遊び場であるのに対し、ディズニーランドは確かに「異世界」だと思います。面白さや楽しさの分量も、他のどことも桁違いに違っています。パレードを見終えて、舞浜駅から電車に乗って家に帰ると、ちょっと気分が変わっていることに気付く。一日たっぷり遊んだ充実感で明日からもやっていけそうな気持ちになる。


 でも、『イッツ・ア・スモール・ワールド』は違うんです。子供の人形が歌っているだけの、もっとも動きのない部類に入るアトラクションでありながら、『イッツ・ア・スモール・ワールド』の中にはどのアトラクションにもない、すさまじく濃密なひとつの「世界」がある。私はもう大人ですから、それが建物の中のただの「箱庭」だというとはわかってるんですけど、それでも、あまりにもその世界観が突き抜けているがゆえに「箱庭」だと意識できなくなる瞬間があります。場面が進んでいくに従って、楽しい時間の終わりが近づいてくるに従って「このままこの時間が終わらないでほしい。この乗り物から下ろさずにもう一周、もう二周、何度でも飽きるまで乗り続けさせてほしい」と強烈に願ってしまう。『イッツ・ア・スモール・ワールド』では、。このドラッギーなまでの多幸感にアテられて毎年船から河の中にダイブする人が数名いるらしいという話を聞いたことがありますが、さもありなんという感じです。良質なファンタジーを味わって現実に戻ってくる他のアトラクションや、ディズニーランドそのもののあり方と、『イッツ・ア・スモール・ワールド』のあり方は、一見似ているようで大きく異なっています。


 『イッツ・ア・スモール・ワールド』にあるのは「多幸感」です。ポジティブな方向のものが濃厚に詰まっているだけなので、その過剰さや異常さはなかなか認識しづらい。ただ「ハッピーな気持ちになった」というだけのことで済ませてしまうことが多いし、実際私もこのアトラクションの異常さに気付いたのは三度目ぐらいに乗ったときでした。


 『イッツ・ア・スモール・ワールド』に「恐ろしさ」を感じるのは、これが「帰りたくなくなるアトラクション」だからです。他は楽しんで満喫して現実に帰ることができる。けれど、『イッツ・ア・スモール・ワールド』は、その中にあらわれるファンタジーの世界があまりにも魅力的すぎて、あまりにも幸せに完成された世界でありすぎて魅入られてしまいそうになる。「ファンタジーは現実を生きていくための力をたくわえる場所」という風には思えなくなり、ファンタジーの世界の素晴らしさに比べてどす黒く汚れきって人が人を傷つけてばかりいる現実の世界に対する憎しみや嫌悪感がぐわっとこみ上げてくる瞬間があるのです。『イッツ・ア・スモール・ワールド』に、悪人や悪魔は出てこない。それはアトラクションの外の、現実の世界そのものが悪魔だから。私には、そういう風に思えるときがあります。


 このアトラクションがなぜこんなに他と違っているのか、そのことは私の中で長年の謎でした。昨年、東京都現代美術館でおこなわれた『ディズニー展』で、その謎が少し解けた。『イッツ・ア・スモール・ワールド』をプロデュースした人物がいたのです。その人の名はメアリー・ブレア。画家であり、ディズニーの作品にさまざまなアイデアを提供している人でもある。彼女の絵が何点も展示されていましたが、私の中にある『不思議の国のアリス』のイメージは、ほとんどすべて彼女のアイデアから来たものであることがわかりました。とてもかわいくてカラフルな世界でありながら、そこにはどこか不穏な空気が漂っています。不気味な静けさがあるような、そういう絵でした。もしも彼女がディズニーと関係なくアニメ作品を作れる状況が当時あったならば、ものすごいものが残っていたのではないかと思います。


 『イッツ・ア・スモール・ワールド』のことを、純粋すぎて気持ち悪いと言う人もいて、私はそれはとてもまっとうな感覚だと思う。『イッツ・ア・スモール・ワールド』は、人間から出てきたものが人智を越えて異世界を幻出させてしまった、そういうアトラクションだと思うから。『イッツ・ア・スモール・ワールド』の出口の上の方には、ハトの絵が描かれた旗が掲げられており、「Peace for Earth」(うろ覚えで、前置詞が違っていた気もしますが)と書かれているのですが、普段まったく意識しない「Peace」や「Earth」という言葉が、これほど不気味な存在感をもって心に迫ってくる場所を私は他に知りません。『イッツ・ア・スモール・ワールド』は、私の心の中の聖域のような場所でもあり、取り込まれたら帰ってこられなくなるかもしれない魔境でもある。普段味わえないレベルの多幸感をたっぷり味わえる一方、少し間違えば生きることへの執着そのものを根こそぎ失ってしまいかねない怖い場所でもあります。現実<ファンタジーという図式に飲み込まれてしまうかもしれない恐怖を感じるのは、ディズニーランドの中でこのアトラクションだけです。


 ちなみに、ディズニーランドが完全に子供のファンタジーの国であるのに対し、ディズニーシーはもっと「海外のリゾート」感覚に近く、あくまで「現実にある外国の景色」を忠実に模倣しているので、現実からの遊離度はランドに比べて低く感じます。前にあるAV監督と話していた時に、彼が「ディズニーランドはデートで行っても純粋に遊ぶのが楽しいんだけど、シーに行くとセックスしたくなる」と語っていたことがあって、すごく納得した覚えがあります。ディズニーシーの敷地内には、ランドとは違ってホテルがあることも象徴的です。ディズニーシーはどちらかというと「現実寄り」なんですね。現実の中のステキな景色を集めた世界。ちなみにディズニーシーのホテルは、出入り口付近のもっとも人通りの多い場所にありますので、あそこでカーテンを開けっ放しにしたままちょっとごめんなさいごめんなさいもう許してください的なことをやったらさぞかし変態的な興奮に包まれるであろうと思いますが、どうなんでしょう。ディズニーランドに一緒に行く相手すらいない私にはかなわぬ夢だからわかんないですけどね!(セルフ逆ギレ)


 さも怖いもののように書いてしまいましたが、精神が健康な状態で行けばただひたすら「かわいい〜!」っていう感じのアトラクションだと思いますので、ぜひぜひみなさん、暖かくなったら『イッツ・ア・スモール・ワールド』にどうぞ。メアリー・ブレアの絵やデザインしたもののすべてが本当にとても、かわいいです。でも乗ってると途中で船から立ち上がり、人形と一緒に歌い出したい衝動に駆られます。やったことはないですが、意外とやってみるとみんな一緒に立ち上がって歌ってくれたりして。イッツ、ア、スモール、スモール、ワールド!