ピカデリー・サーカス

 SFやファンタジーの世界で、生きているのに、生きる場所のレイヤーがずれて、同じ時間、同じ時代に生きているのにもう二度と会えない、という状況が描かれることがある。


 実際にそういう目に遭ったことはないけれど、携帯のデータを消して/消されて、連絡のとりようがなくなれば、それとほとんど同じことになると思う。特にその人に会えない理由/相手が自分に会ってくれない理由がある場合。


 自分のした、ひどいことのせいで、二度と会えなくなったことを惜しんでも、会うことはできない。現実の世界では、偶然に出会うこともあるかもしれない。けれどその偶然が嬉しいものだとは限らないし、ものすごく残酷な偶然だってあり得る。友達の結婚式に行ったらその相手が新郎の席に座ってたみたいな偶然なら、一生引き裂かれたままのほうがいいかもしれない。


 いったい、何人の人の心の中で、自分は死んだのと同じことにされているのだろう。違うレイヤーに生きている人間だと思われているのだろう。そして、自分は何人ぐらいの人間を、そういうふうに思っているのだろう。


 不思議なことに、好きな人にそういうふうに思われていることはとてもつらく思えるのに、どうでもいい人にそう思われるのも、自分が誰かを違うレイヤーに入れてしまうことも、どちらもあまり、何も感じない。たぶん、私を別のレイヤーに入れている人も、私のことなど、とくに何とも思っていないのだろう。そういうものだ。