35

 今年の年末になって、来年は35歳だなと思ったから、というわけではないんだけど、今年後半、なんか初めて年齢のことが重く心にのしかかってきた。今までさんざん「三十路だから」とか言いまくってたのはなんだったんだ! という話だけど、それは三十路ってことにそれほど重さを感じてないから冗談でいくらでも笑い飛ばせたんだよね。


 童話の白雪姫で、小さい頃は白雪姫のことを素敵だな、継母(だったよね? 実母?)はみにくい、ひどいやつだな、と思ってたけど、最近はあの継母のほうに感情移入してしまう。「自分より若く美しい女を毒リンゴで殺したい」とか、そこまで思ってるわけじゃなくて、あの「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは誰?」って聞いて、「あなたでございます」と鏡が言ってくれるという孤独な遊びに夢中になる気持ちが、なんとなくうら寂しい感じで胸に迫ってくるのである。


 思えば、あの人、えらい立場の人なはずだ。部下にいくらでも「あなたは美しい」って言わせられるはず。言わせてる描写もあったのかな? でも、結局そんなの信じられないでしょう。お世辞では心は満たされない。人によっては「お世辞を言わなきゃいけない強い立場にいる自分」に満足できる人もいるかもしれないけど、自分の美しさに自信を持ちたい人間には無意味だ。だから「しゃべる鏡」という、人ではないものを信じて、その言葉をよりどころにしている、あの人の気持ち、老化の恐怖、美が失われていく恐怖、今ならわかんなくない。


 私は最近、男の人がこわい。好きなんだけど、こわさが先に立つ。男の人の、女を見る目ってシビアだ。好きな女にはかぎりなく優しい視線を持っていたりするのもわかってるけど、どんな目で見られているかわからないと思うと、とてもこわい。


 よく「内面が素敵なら、いくつになっても素敵なはず。過剰に外見の老化を恐れなくていい」っていうメッセージがあるけど、それは裏を返せば「外見がおとろえて、内面もスカスカな女なんてなんの価値もない」ってことじゃないかって思うことがある。「外見より内面」っていうメッセージを、若い頃は素直に勇気づけられるメッセージとして聞けたけど、今は「内面……いや内面もヤバいんだけど!」と叫び出したい気分になる。内面もヤバくて外見もヤバい! 白いフリフリの服を着て「きえー!」と叫びながら練り歩きたい感じだ(from山岸凉子『天人唐草』)。


 でも、その「恐怖」って、それにとらわれて立ちすくんでてもなんにもならないものなんだよね。ただ立ち止まったまま時間が過ぎていくだけで。


 この「恐怖」とどうやってうまくやってくかってことを考えたとき、頭に浮かんだのは「出産・育児」だった。私はそれをやったことがないけど、ものすごく大変だと聞く。まさしく「振り返ってる時間なんてない」だろうし、その最中には体力・精神力ともに限界で充実してるなんて思えなくても、老化の恐怖とか女としての自分どうなのとか、チマチマしたこと考えてるスキもあんまりないんじゃないだろうか。「育児」じゃなく「仕事」なら、私も経験がある。「仕事にかまけて女さぼってる」って、私もよく言うし周りの女性もよく言うんだけど、それって本当はけっこうすばらしい、いいことなんじゃないかと思う。夢中で必死でひとやま越えたときには、30代という魔の時間は過ぎ、景色が変わってる。


 女取り戻すのなんて一日あればいい。ヘアサロン行ってネイルサロン行って服買えば、即いい女ふうになれるじゃん。若さは戻らないけど、麻木久仁子みたいにリップグロスなんかじゃなく濃い色の口紅ひいたりして、そういうのもいいなってちょっと思う。女やりたいなって思う日はそういうことやればいいし、こわいときは仕事なりなんなり、自分がやることある場所に行って、それに打ち込んでみたり、楽しそうな遊びをやってみたり、してみたらいいんじゃないか。


 年齢や時間の経過って、絶対的な「事実」だし「現実」だけど、「現実」に関しては、自分の感じているものこそが「現実」だという一面もある。私は「加齢による男の視線の変化ってこわい」っていうことが今、さも絶対的な現実であるかのように思ってるけど、もしモテモテだったり、恋人に毎日毎日「かわいいね」とか言われてたら全然そんなもの現実じゃなくて「いくつになっても男っていいよね! 女やるのって楽しい!」っていうのが「現実」だと感じるだろう。年を取るのは確かな事実でも、それに付随する「現実」はいくらでも姿を変える。「仕事は今がいちばん楽しいな」とか「からだの肉がいい具合にやわらかくなってきて気持ちいいな」とか、そういう「現実」の捉え方もあるはずだ。男の人も読んでくれてるかもしれないから一応言っとくけどからだの肉部分はマジですよ! 二の腕ぐらいならいつでも触っていいですよ! この熟女特有のハリのなさがキモイって言う派閥の人もいるけどさ……。


 モテとかセックスの面で難しい年齢に突入してるのは事実だけど、自分より若い人にこれだけは言っておきたいんだが、30代のセックスって異常に気持ちいいですからね。からだの性能は20代前半の倍以上。湯山玲子さんの著書『四十路越え!』(面白かったです!)によると40代はもっとすごいらしい。30代よりすごいなんて、私失神しちゃいそう……。


 人からどう見られるかってことを考えるとじゃっかん憂鬱な部分はあるものの、主体的に考えるとけっこう楽しそうな気がしてくる。気持ちいいみたいだし(しつこい)。相手がいるかどうかが問題だけど、がんばれば一人ぐらいセックスする相手を見つけるの、できるんじゃないかと思うんだよね。そのためには今はいてるニットのパンツを脱ぐとこから始めなきゃいかんとは思うが……。でも、人生って主観だし、自分が主体だよ。そして、自分の人生で主役はってる女の人って、問答無用にいいもんだと思うんです。